数か月前の記事ですが、朝日新聞で以下のような記事が掲載されました。
センセーショナルな見出しではありますが、内容は非常に気になるものです。
記事によれば、2012年までの5年間で、交通事故の負傷者数は、94万人から82万人に減少したのに対し、接骨院が自賠責に請求した施術費は452億円から673億円へ1.5倍も増加しているとのことです。
記事の趣旨としては、接骨院や整骨院の過剰な施術や施術費の詐取が問題とされていますが、他にも問題があります。
接骨院での施術費は、簡単に認められるものではない
自賠責保険は、接骨院の施術費について甘く見ているようですが、裁判所はそうではありません。
「症状により有効かつ相当な場合、ことに医師の指示がある場合などは認められる傾向」にありますが、有効性や相当性といった要件を立証しなくては損害として認められません。
実際に、接骨院での施術費を損害として認めなかった裁判例もあります。
このように、接骨院での施術費は、そもそも、簡単に損害として認められるものではない性質ではないので、注意が必要です。
自賠責保険が払ってくれれば良いという問題ではない
このように解説すると、「そうは言っても、自賠責保険のほうで接骨院の施術費を支払ってくれるのなら、患者としては問題ないんじゃないの」と思われるかもしれません。
施術内容の妥当性といった問題もありますが、ここでは、後々の損害賠償の観点から解説します。
自賠責保険が払っても、接骨院の施術費は争う余地がある
たとえば、接骨院での施術費が120万円かかって、自賠責保険のほうで120万円支払われたとします。
その後、訴訟を起こして、慰謝料の支払いを求めたとします。
この際、接骨院の施術費は、既払いであるからといって、争いの対象にならないものではありません。
たとえば、接骨院での施術費120万円、その他慰謝料等200万円の計320万円の損害が発生したが、接骨院の施術費は支払済みなので、残りの200万円の支払いを求めたとします。
原告の考える計算は以下のようなものでしょう。
120万円(接骨院での施術費)-120万円(自賠責保険が支払った金額)=0円(ここは、争いにしない。解決済み)
その他の200万円を支払ってくれ。
この場合、相手方としては、接骨院での施術費が自賠責保険から支払済みであっても、これを争う余地があります。
たとえば、以下のような計算になります(その他慰謝料等200万円は争わないものと仮定)。
0円(接骨院での施術)+200万円(その他慰謝料等)-120万円(自賠責保険が支払った金額)=80万円
そこで、80万円だけ支払うという主張です。
接骨院や整骨院の方は、「自賠責保険が支払うから何も問題ないじゃないか」という主張をされることもありますが、それは、自賠責保険からお金をもらった、接骨院や整骨院の人はそうです。
患者としては、その後、施術の有効性や相当性の立証といった問題を抱えることになるので、自賠責保険さえ支払えばそれで解決とはなりません。
120万円の枠は、接骨院の施術費だけのものじゃない
新聞記事等で、120万円は自賠責保険から支払われるから良いじゃない、という接骨院の方の主張をみることがあります(そして、この120万円の枠をフルに活用しようとしているのか、接骨院の施術費が100万円を超えている事案もまま見ます)。
これは、前述のように、自賠責保険からお金が支払われても、加害者側が争ってくるリスクがある、という問題のほかに、もう一つ問題があります。
それは、120万円という数字は、接骨院の施術費のためだけの数字ではない、ということです。
交通事故でケガをした場合、傷害部分については、自賠責保険から最大120万円が支払われますが、これは、治療関係費、文書料、その他の費用、休業損害、慰謝料全てを合わせて120万円です。
接骨院での施術費に100万円使ってしまうと、慰謝料や休業損害は、自賠責保険からは、合わせても最大で20万円しか払われなくなります。
つまりは、接骨院での施術費が、自賠責保険の120万円という枠を圧迫するのです。
単純に、120万円も枠があるから、たくさん使っても良い、という問題ではないのです。
これは、加害者が任意保険に加入していないようなケースで、大きなリスクとなりえます(加害者がお金を持っていないようなケースでは、事実上、自賠責保険からの補償しか受けられなくなるケースも十分考えられます)。
接骨院の施術費急増の原因
記事中では、接骨院の施術費急増の原因の一つとして、接骨院側の不正をあげていますが、これは、原因としてはそれほど大きな比率を占めるものではないでしょう。
不正をするような柔道整復師はごくごく一部であり、これが施術費急増の主因とは考え難いです。
そもそも、このような不正請求の問題は、つい最近、発覚したものではありません。平成4年度には、既に、不正が指摘されています。
原因としては、以下のような理由が考えられます。
柔道整復師の急増
まずは、原因として、柔道整復師の急増が考えられます。
柔道整復師の人数は、平成14年時点では3万2483人だったのが、平成24年には5万8573人へと急増しています。
街中にある、数多くの接骨院・整骨院が、「交通事故取り扱ってます」という看板や、場合によっては、「交通事故専門」などという看板を掲げていますので、それで、交通事故の治療は、接骨院で行うんだという意識が被害者側にすりこまれることがあるでしょう。
WEBの力の増大と接骨院の広告戦略
今の時代、わからないことがあったら、まずはサーチエンジンで調べるという人が多いでしょう。
それでは、試しに「交通事故 治療」で検索してみてください。
接骨院や整骨院のページばかり出ませんか? 整形外科のホームページなどはほとんど出ないでしょう。
これは、柔道整復師の急増による競争激化(そのためウェブでの広告に力を入れる柔道整復師が増えた)と医師による広告の必要の無さが相互にあわさった結果と考えられます。
柔道整復師は、その数が急増したため、なんとか、自分のところにお客さんを持ってこなくてはいけませんので、ウェブに力を入れています。
これに対して、医師は、そもそもの人数が限られていますので、ある程度、ウェブに力を入れることはあっても、柔道整復師ほどには力を入れないので、上位表示はされていないようです。
結果、交通事故の治療においては、医師による治療がメインで、接骨院や整骨院での施術は補助的なものにすぎないのに対し、ウェブ上では、その関係が逆転してしまっているものと考えられます。
慰謝料算定と病院に通えない被害者の事情
このほか、慰謝料算定の問題も挙げられます。
自賠責保険の慰謝料は、通院期間と通院日数をもとに決められます。
また、裁判基準の傷害慰謝料も、通院期間と通院日数に応じて算定されます。
このように、慰謝料の金額を算定する際には、通院日数も重要なのですが、日中働いている人は、仕事が終わると病院はしまっているので通おうにも通えない、という方も多いです。
そのため、やむを得ず、接骨院に通院していた、という方もみます。
このように、慰謝料算定の際に、実通院日数を算定の基礎とするという運用と、病院に通おうにも通えない被害者がいる、ということも、接骨院への通院増の原因になっていると考えられます。
※本記事は、柔道整復師による施術の内容について、その妥当性を述べるものではありませんのでご注意ください。柔道整復師による施術により、改善が認められるような例もあると思われます。