紹介する裁判例
今回紹介する裁判例は、神戸地裁尼崎支部判昭和55年10月22日(交通民集13巻5号1337頁)の事例です。
人気歌手(兼作詞作曲家)が交通事故にあった事例で、この種の事案としては非常に参考になるケースです。
事案の概要
それでは、時系列に沿って簡単に説明していきます。
昭和38年ころ グループを結成
昭和47年 被害者の方が作曲した「女の道」が大ヒット。その後の「女の願い」「女の夢」を合計すると、レコードが550万枚売れ、収入が飛躍的に増える。
昭和48年 収入は、必要経費差し引き後で1136万4434円になる。グループを解散し、別のグループを結成する。新グループで発表された「男の涙」が30万枚、「めぐり合い」が10万枚売れる。
昭和49年 必要経費差し引き後の収入は1433万3568円となる。
昭和50年 6月28日、交通事故の被害にあう。顔面多発性挫創等の傷害のため、左聴覚過敏等が残存することとなった。この年の収入は必要経費差し引き後、796万4679円であった。
裁判所の判断
この事案で、裁判所は逸失利益について以下のように判断しました。
まず、基礎収入について。
・昭和50年6月ころまで、所属していた音楽事務所との専属契約を解消することとなっており、専属料は減少したものと考えられること
・著作権料や印税は、昭和48年には1630万円程度あったものが、昭和49年には1100万円弱に、昭和50年には540万円余りに減少していること
・レコードの売行きも、新グループでは著しく減少していること
これらを考慮して、昭和48年と昭和49年の平均収入の2分の1が相当と判断しました(具体的には、642万4501円)。
次に労働能力喪失期間について。
これは原告の主張通り、6年とされましたが理由についてはあまり明確ではありません。
弁護士のコメント
本判決は、収入の増減が激しい歌手の基礎収入について、専属料や著作権料、印税などに着目した上で認定したケースであり、非常に参考となる裁判例です。
悩ましい基礎収入の認定について、事故前の平均収入の2分の1とした計算方法はあくまでもこの事例に基づいた判断でありますが、同種事案の解決の際には参考になります。
たとえば専属契約の解消は予定されておらず、かつ専属料が高額であった場合、はたまた新事務所で多額の広告費用等を投じる予定があったような場合には、基礎収入ももっと大きな金額になっていた可能性があるでしょう。
この種の事案では、事故にさえあわなければどのような収入を得られていたか、その収入を得られる見込みはどの程度であったか、という立証こそが重要です。