交通事故の過失相殺
交通事故の損害賠償においては、しばしば『過失相殺』というものが問題になります。交通事故における過失相殺とは、民法722条2項に規定されているもので、法律では、「被害者に過失があったときは、裁判所は、これを考慮して、損害賠償の額を定めることができる」と規定されています。これはつまり、被害者に落ち度や不注意があれば、損害賠償額が減額されるというものです。
過失相殺の対象は全損害
過失相殺の対象は、慰謝料や後遺障害部分などの、示談段階で請求していくようなものだけではありません。あくまでも、全損害が減額の対象になります。全損害というと、これまで支払われた、治療費や休業損害も対象になるということです。つまり、それまで治療費や休業損害などを満額(過失相殺による減額なしに)受け取っていたとしても、示談段階になって、保険会社から、 「払いすぎた治療費など(過失相殺による減額分)は返してね」と言われるわけです。
そうすると、過失相殺が問題になるような交通事故では、たとえば治療費を安く抑えることも考慮すべきでしょう(過失割合が30:70の事故で、治療費が100万円かかったとすれば、示談段階で30万円返してね、と言われます。これに対して、治療費を50万円に抑えておけば過失相殺を主張されるのは15万円にとどまるからです)。治療費を安く抑えるといっても、受けるべき治療を受けない、という選択は適切ではありません。適切な治療を受けることは、慰謝料や後遺障害の認定に影響があるだけでなく、自身の身体を治療するにあたって重要だからです。
適切な治療を受けながら、治療費を安く抑える方法としては、健康保険や労災を使うことが考えられます。交通事故の被害者の方の中には、交通事故では健康保険を使えない、と思われている方もいるようですが、それは間違いです(労災が使える事案では、健康保険は使えませんが)。第三者行為による傷病届を出すなど、適切な手続をふめば、健康保険を使って通院できます。なお、健康保険利用によるメリットは治療費を安く抑えられることですが、反面、医師が嫌がる可能性があるなどデメリットも存在します。迷われたら、過失割合やケガの内容を踏まえて、弁護士や医師などの専門家に相談されてはいかがでしょうか。
過失相殺の実務
交通事故における過失相殺の実務の現場では、東京地裁民事交通訴訟研究会編『民事交通訴訟における過失相殺率の認定基準(全訂四版)』(別冊判例タイムズ第16号)が一般的につかわれています。この本に載っている事故類型に応じて、過失割合が何対何かを判断するわけです。なお、上記の書籍は自動車事故を中心として記載していますので、自転車事故には対応していません。自転車事故については、財団法人日弁連交通事故相談センター東京支部過失相殺研究会編著『自転車事故過失相殺の分析~歩行者と自転車との事故・自転車同士の事故の裁判例~』がもっぱら利用されているように思われます。ただ、これらの書籍を利用しようにも、自身の交通事故の類型がどれに当たるのか、悩むこともあるでしょう。困ったら、弁護士に相談してみてはいかがでしょうか。
自賠責と過失相殺の関係
このように、交通事故の被害者に落ち度や不注意があれば、損害賠償額は過失割合によって減額されることとなります。しかし、自賠責保険においては、被害者に重大な過失(過失割合7割以上)がないと減額が行われていないようです。これは、自賠責保険が被害者の救済を役割としているためです。そのため、過失割合が問題になり得る事例や加害者が任意保険に加入していないような事例では、健康保険や労災を利用することで治療費を抑えて、自賠責の枠を温存するということも考えられます。